想い出にすがりつつ
ニフティに別れを告げて、ブログの場所を変えました。
変えるのにあたって、僕の手による過去のエントリに目を通していたのですけれども、最初の書き込みの日付を見て少々驚きました。
2005年の1月なのです。
こういった事に関しては全く長続きしない性質である筈の僕が、よくもまあ四年近く続けているなと、そりゃ老子ネタもやらなくなるよなと、そういう知らず知らずの変化に対する驚きを味わっています。
全く“手紙は必ず届く”を体現せんばかりの行いです。「でもきっと実際には届いてないよ。例えだよ?あれは」とラカンの声が聞こえる様な気がします。
「昔お前、俺の名前出してる割りに人間中心主義っぽかったじゃん。今はむしろアンチっぽいじゃん。何その変節。」と老子の声が聞こえる様な気がします。
「『釈迦は最初に構造主義を思いついた人だ』って言い切ろうかどうか迷ってるだろ。いいんじゃん言っちゃって。鼻で笑われるだろうけど俺関係ないし」とお釈迦さんの声が聞こえてくるような気がします。
四年をかけた自身の変節と、真っ白なものに何を書き始めたらいいのかという戸惑いとで、僕はこうして何も、意味すらも考えずにただキーボードを打っているわけですが、どうなのでしょう。今僕とキーボードとディスプレイとを結ぶ三角のゾーンの中に浮遊するシニフィエは、誰かが受け取る事になるのでしょうか。普通に考えればこうして吐き出された特に価値の無いシニフィアンの下敷きになって終わるのでしょうが、しかしながら僕はささやかな夢想を禁じ得ないのです。暗号は解かれるかもしれないと、そう思ってしまうのです。
ところで僕は、こうして四年もの間、自分で思うほど支持されないであろう文章を書きなぐりながら、密かに望み続けてきた事があります。
それは“ナントカ主義”と呼び得るものを打ち立て、一部の物好きに含み笑いを齎すと言う事です。
できれば勘違いはしないで頂きたいので、一応付け加えますが、それは決して“偉大な”ものであれと望んでいるわけではないのです。含み笑い程度で結構なのです。
例えば水道橋の駅のホームかどこかで、自分と同じように無表情な群集に向かってそっと小声で罵声を浴びせた時、僕のこのゴミのような文章をちらと思い出し、含み笑いをする。そんなところで結構ですし、僕の力ではそれが精一杯でしょう。他人のポストに手紙を捻じ込むようなことはいたしません。いや、時々気まぐれにそうするかも知れませんが、今はただただ、虚空に向かって伽藍を積み上げようと言うそんな情念ばかりを抱いている次第です。


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